あらすじ
精神科医の父・藤田健一のアルコール依存によって崩壊した家族。長男・健太と次男・亮は、それぞれに傷を抱え、長い間、心を閉ざして生きてきた。そんな兄弟が「介護」という道に足を踏み入れたことで、止まっていた人生の時計が少しずつ動き出す。
過去の傷、家庭への葛藤、そして利用者や同僚との出会い――
介護の現場を通じて、ふたりは“支えること”と“許すこと”の意味に向き合っていく。
やがて彼らは、亡き父の残した手記から、かつて父もまた理想と現実の狭間でもがいていたことを知る。
「沈まぬ影」は、決して消えない。
けれど、そこに“再生の光”を灯すことはできる。
登場人物
藤田 健太(ふじた けんた)
年齢: 30代前半
職業: 介護福祉士・デイサービス管理者
性格: 責任感が強く、人との距離をうまく取れない不器用な性格。
背景: 父・健一のアルコール依存による家庭崩壊を経験し、不登校になる。父の死後も心の傷は癒えなかったが、母・真奈美の再婚を機に少しずつ変化。現在はデイサービスの管理者として、利用者の人生と向き合う日々を送る。
藤田 亮(ふじた りょう)
年齢: 30代前半
職業: 介護施設の相談員(特別養護老人ホーム勤務)
性格: 穏やかで人当たりがいいが、自分のことを話すのが苦手。
背景: 幼い頃、父に愛されたいと願いながらも、暴言に怯えて育つ。介護の仕事を通じて、誰かを支えることで自分を取り戻そうとしている。兄・健太とは対照的に、利用者や同僚とすぐに打ち解けるが、内面には父への複雑な思いを抱えている。
山田 真奈美(やまだ まなみ)
年齢: 50代後半
職業: 介護施設の事務員(パート勤務)
性格: 優しく、包容力があるが、過去の苦しみを抱えながら生きている。
背景: 夫・健一のアルコール依存に苦しみながらも、家族を守り続けた。現在は、再婚した夫・山田涼太と共に新たな生活を築いている。息子たちが自分の人生を取り戻せるよう、そっと見守る立場にいる。
山田 涼太(やまだ りょうた)
年齢: 40代前半
職業: 介護施設の経営者(小規模デイサービス「希望の家」運営)
性格: 誠実で温和、どんな人にも分け隔てなく接する。
背景: もともとは会社員だったが、真奈美と出会い、介護業界に転職。現在は小規模デイサービス「希望の家」を経営し、地域の高齢者を支えている。真奈美の息子たちとは一定の距離を保ちつつ、彼らの再生を温かく見守る。
遠藤 志織(えんどう しおり)
年齢: 30代前半
職業: 介護福祉士(健太の職場のスタッフ)
性格: 明るく前向きで、利用者に対しても温かく接するが、芯が強く負けず嫌い。
背景: 介護の仕事に誇りを持ち、健太を何かと気にかける。同僚として信頼関係を築くが、やがて健太の過去を知り、彼の心に寄り添おうとする。
佐々木 圭吾(ささき けいご)
年齢: 50代
職業: 特別養護老人ホーム「緑風苑」の施設長(亮の上司)
性格: 厳しくも面倒見がいい。仕事にはストイックだが、職員の成長を何よりも大切にする。
背景: 亮に対しては高く評価しているが、「お前はもっと自分を出せ」と助言をする。彼自身も過去に家族を失った経験があり、亮に対してどこか父親のような視線を向ける。
序章:沈まぬ影と新たな道
「……ここが俺たちの職場か」
藤田健太は、静かに施設の入り口を見つめた。
そこには、シンプルな看板に 「希望の家」 と刻まれている。
隣には、弟の藤田亮が立っていた。
「お前、本当にやるのか?」
健太の問いに、亮は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「……俺たち、何か変わらなきゃいけないんだろ」
二人は共に、介護の世界 へ足を踏み入れようとしていた。
しかし、そこには 過去の影と向き合う時間 も待っていた。
第1章:崩れた家族と心の傷
十数年前――
父・藤田健一のアルコール依存による家庭崩壊。
- 毎晩のように響く怒鳴り声。
- 母・真奈美のすすり泣く声。
- 机を叩く音、割れるグラス。
「お前たちに、俺の気持ちがわかるか!」
「俺は家族のために働いてるんだ!」
その言葉を、何度聞いたか分からない。
長男・健太は、そんな父の暴言に耐えられず、不登校になった。
次男・亮は、父に愛されたいと願いながらも、恐怖のほうが勝り、次第に無口になっていった。
そして――
ある日、父は肝臓を壊して倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
だが、兄弟の心に刻まれた傷は、決して癒えなかった。
第2章:社会から取り残された兄弟
父が亡くなった後も、兄弟は立ち直れなかった。
- 健太は、定職につかず、フリーターを転々とする生活。
- 亮は、家に引きこもり、誰とも話さない日々。
母・真奈美は、二人を支え続けたが、彼女も疲れ果てていた。
そんなある日、母が倒れた。
病院のベッドで、彼女は静かに言った。
「あんたたち……もう自分の人生を生きなさい……」
その言葉が、兄弟の胸に突き刺さった。
そして、兄弟は 「人を支える仕事をしよう」 と決意する。
彼らが選んだのは、介護の仕事 だった。
第3章:介護の仕事との出会い
健太と亮、それぞれが異なる施設で働くことになった。
- 健太 → 小規模デイサービス「希望の家」
- 亮 → 特別養護老人ホーム「緑風苑」
「俺たちに、できるのか?」
初めは不安ばかりだった。
しかし、利用者たちと向き合ううちに、少しずつ何かが変わり始めていた。
第4章:はじめての介護現場
健太の職場(デイサービス「希望の家」)
「藤田さん、ちょっとこっち手伝って!」
同僚の遠藤志織が、健太を呼ぶ。
「利用者さんがトイレに行きたいみたい。でも、一人じゃ難しそうだから、付き添ってくれる?」
「……わかった」
健太は、足元がおぼつかない高齢の利用者を支えながら、ゆっくりと歩いた。
「ありがとうねぇ……」
その言葉に、少しだけ胸の奥が温かくなった。
(俺が、誰かの支えになれる……?)
ほんのわずかな実感だったが、確かに何かが変わり始めていた。
亮の職場(特別養護老人ホーム「緑風苑」)
「亮くん、利用者さんともう少し話してみたら?」
施設長の佐々木圭吾に言われ、亮は戸惑った。
「でも、俺……話すの、得意じゃなくて……」
「大丈夫だ。人の話を聞くことも、大切な仕事なんだからな」
亮は、ベッドに座る認知症の利用者に向き合った。
「……今日は、よく眠れましたか?」
「ああ、いい夢を見たよ。家族と一緒に旅行に行ったんだ」
その言葉に、亮はふと、父との記憶 を思い出した。
(俺は、一度も父とそんな話をしたことがなかった……)
亮の中で、何かが揺らいだ。
第5章:過去と向き合う
ある日、健太は施設の利用者からこんな言葉をかけられた。
「あんた、いいお父さんになりそうだねえ」
「……俺は、父みたいにはなりたくないんです」
「でもね、みんな間違いをするんだよ。最後に大切なのは、それをどう受け止めるかだよ」
健太は、その言葉に驚いた。
「父は、俺たちを愛していたのか……?」
一方、亮は、上司・佐々木圭吾から言われた。
「お前は、まだ自分を隠しているだろう?」
「もっと自分の言葉で話していいんだ」
亮は、自分の過去と向き合いながら、少しずつ同僚や利用者との距離を縮めていった。
最終章:沈まぬ影と、新たな光
数年後。
- 健太は介護福祉士の資格を取得し、デイサービスの管理者となった。
- 亮は、相談員として人と向き合う仕事にやりがいを感じていた。
- 母・真奈美は、涼太と共に穏やかな生活を送りながら、息子たちの成長を見守る。
ある日、健太と亮は、父の遺品を整理していた。
そこには、父の手記が残されていた。
「患者を社会に戻すこと」
「精神医療の未来を変えること」
「……お父さんは、本当は、誰かを助けたかったんだな……」
沈まぬ影は、消えることはない。
しかし、彼らはもう、それに縛られることはなかった。
「俺たちは、もう逃げない」
そう誓いながら、兄弟は今日も誰かの手を支えている。
あとがき
本作『沈まぬ影 〜再生の光〜』は、現代社会が抱える“見えにくい傷”を描きたいという思いから生まれました。
家庭の中にある沈黙、介護現場の葛藤、そして父の死を通して再生の道を模索する兄弟の姿――
どれも「特別な誰かの物語」ではなく、読者の皆さんのすぐそばにある現実かもしれません。
この作品では、「人は変われるのか?」という問いに、真正面から向き合いました。
変わることは簡単ではありません。けれど、人と人との関わり、誰かのひと言や手の温もりが、確かに人生を変える“きっかけ”になる。そんな信念を込めて、物語を紡ぎました。
介護や家族の問題を扱ったフィクション小説として、
「このテーマを描いてくれてありがとう」
「家族のあり方を考えさせられた」
そんな感想が届くような作品になれば幸いです。
そして、今を生きる誰かに、そっと“光”を届けられる物語であれば――
それが、私の願いです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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