親を許せないのはおかしい?――傷つけられた家族との距離の取り方

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「もう昔のことなんだから」

「親だって完璧じゃない」

「育ててもらったんだから、そろそろ許してあげたら」

そう言われても、どうしても心がついていかないことがあります。

頭では分かっている。

親にも事情があったのかもしれない。
親自身も、苦しんでいたのかもしれない。

それでも、忘れられない。

怒鳴られた声。

否定された言葉。

話を聞いてもらえなかった夜。

大人になってからも、ふとした瞬間に昔の記憶がよみがえる。

親から電話がかかってきただけで、胸がざわつく。

そんなとき、

「いつまでも親を許せない自分の方がおかしいのではないか」

と思ってしまう人もいるかもしれません。

けれど、家族から受けた心の傷について調べた研究を見ると、この問題は「もう大人なんだから」という一言では片づけられないことが分かってきます。

子どもの頃の心の傷は、大人になれば消えるのか

2023年、Xiaoらの研究チームは、子ども時代に受けた心理的な傷と、大人になってからの心の状態について、それまでに発表された多くの研究をまとめて分析しました。

対象になったのは、殴る、蹴るといった身体的な暴力だけではありません。

たとえば、

「お前なんか駄目だ」

と繰り返し否定される。

怖がらせるようなことを言われる。

気持ちを無視される。

つらいときにも、必要な愛情や安心を与えてもらえない。

こうした、目には見えにくい心への傷つけ方も含まれています。

研究では、こうした経験をした人ほど、大人になってから、うつや不安、依存など、さまざまな心の問題を抱えることとの関連が確認されました。

もちろん、

「子どもの頃につらい経験をしたら、必ず大人になって心の病気になる」

という意味ではありません。

人によって環境も、その後の人生も違います。

ただ、一つ言えるのは、

子どもの頃に受けた心の傷は、「昔のことだから」と簡単に消えるものではない場合がある

ということです。

だから、

「もう何十年も前なのに、どうして自分はまだ気にしているんだろう」

と、自分を責める必要はないのかもしれません。

親と距離を置く人は、実際にいる

では、大人になってから親と距離を置くことは、珍しいことなのでしょうか。

これについて調べたのが、Reczekらが2023年に発表した研究です。

研究チームは、米国の長期間にわたる調査データを使い、大人になった子どもと親との関係を調べました。

母親との関係については8,495人、父親との関係については8,119人が分析されています。

その結果、

母親との疎遠を経験した人は約6%。

父親との疎遠を経験した人は約26%。

でした。

最初に疎遠になった平均年齢は、母親とは26歳、父親とは23歳でした。

もちろん、これは米国で行われた研究です。

そのまま日本の親子に当てはめることはできません。

それでも、

成人した子どもが親と疎遠になることは、実際に研究されている家族関係の一つである

ことは分かります。

「親と距離を置くなんて、自分だけがおかしい」

と決めつける必要はなさそうです。

ただし、二つの研究を単純につなげることはできない

ここは、とても大切なところです。

最初に紹介したXiaoらの研究では、

子ども時代に受けた心の傷と、大人になってからの心の状態

について調べています。

一方、Reczekらの研究は、

大人になった子どもと親が疎遠になること

について調べたものです。

つまり、

「子どもの頃に親から傷つけられたから、大人になって親と疎遠になった」

と、この二つの研究だけから言うことはできません。

ただ、

子どもの頃の心の傷が、大人になってからも影響することがある。

そして、

現実には、大人になってから親と距離を置く人もいる。

この二つの事実を知るだけでも、

「家族なのだから、何があっても仲良くしなければならない」

という考え方だけでは説明できない親子関係があることが見えてきます。

一度離れたら、ずっとそのままとも限らない

Reczekらの研究には、もう一つ興味深い結果があります。

一度親と疎遠になった人でも、その後ずっと疎遠だったとは限りませんでした。

後の調査では、疎遠を経験した人のうち、

母親とは81%、父親とは69%が、疎遠ではなくなっていました。

これは、

「だから親と仲直りした方がいい」

という意味ではありません。

むしろ、親子関係は、

仲良くするか、完全に縁を切るか

という二つだけではない、と考えることができます。

今は離れる。

必要なことだけ連絡する。

しばらく会わない。

時間が経ってから、また話してみる。

人との関係は変わります。

親子であっても、それは同じなのかもしれません。

「許すこと」と「近づくこと」は同じではない

親を許せない。

でも、嫌いになりきれない。

会えば苦しい。

それなのに、もう二度と会えないと考えると、それも苦しい。

家族の難しさは、そこにあります。

他人なら離れて終わることができても、親子には長い記憶があります。

優しくされた日。

褒めてもらった日。

怒鳴られた日。

一人で泣いた夜。

愛された記憶と、傷つけられた記憶が、同じ人の中に残っていることもあります。

だから、

「許す」「許さない」だけでは整理できない感情があります。

そして、

親を許すことと、親との距離を縮めることも別の問題です。

今は電話の回数を減らす。

会う時間を短くする。

必要な連絡だけにする。

一人では会わない。

しばらく会わない。

そうやって、自分が苦しくなりすぎない距離を探すことも一つの考え方です。

なお、これは今回紹介した二つの研究が具体的な方法として勧めているものではありません。

親との関係に悩んだときの、選択肢の一例です。

本当に欲しかったのは、「謝罪」だけではないのかもしれない

「親を許せない」

その感情の奥にあるものは、怒りだけなのでしょうか。

本当は、

愛してほしかった。

話を聞いてほしかった。

頑張ったときには、褒めてほしかった。

怖かったときには、

「大丈夫だよ」

と言ってほしかった。

大人になった今ではなく、

あの頃の自分が欲しかったものが、ずっと心の中に残っている。

だから、親から

「昔のことじゃないか」

と言われても、納得できない。

そんなこともあるのかもしれません。

許すことを急ぐより、

「自分は、あのとき何がつらかったのだろう」

と考えてみる。

そこから始めてもいいのではないでしょうか。

家族だからこそ、残ってしまうもの――『沈まぬ影 ―家族の記憶―』

私が『沈まぬ影 ―家族の記憶―』で描いたのも、そんな簡単には整理できない家族の感情です。

精神科医・藤田健一は、かつて「人を救いたい」という理想を持っていました。

けれど、仕事に追い詰められ、酒へ逃げるようになり、やがて最も大切だったはずの妻や子どもたちを傷つけてしまいます。

子どもたちには、父への怒りが残ります。

妻にも、消せない記憶があります。

だから、健一が変わろうとしたからといって、すぐに、

「もういいよ」

とは言えません。

傷つけた側が反省したからといって、傷つけられた側の記憶まで消えるわけではないからです。

それでも家族は、少しずつ向き合っていきます。

許したからではありません。

忘れたからでもありません。

消せないものを抱えたまま、それでも自分たちはこれからどう生きるのか。

その答えを探していきます。

過去は消えない。

傷も、後悔も、失われた時間も。

それでも、人はその記憶を抱えたまま、生きていく。

『沈まぬ影』は、そんな家族の物語です。

参考文献

Xiao, Z., Baldwin, M. M., Wong, S. C., Obsuth, I., Meinck, F., & Murray, A. L. (2023). The Impact of Childhood Psychological Maltreatment on Mental Health Outcomes in Adulthood: A Systematic Review and Meta-Analysis. Trauma, Violence, & Abuse, 24(5), 3049–3064.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36123796/

Reczek, R., Stacey, L., & Thomeer, M. B. (2023). Parent–Adult Child Estrangement in the United States by Gender, Race/Ethnicity, and Sexuality. Journal of Marriage and Family, 85(2), 494–517.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10254574/

関連作品

『沈まぬ影 ―家族の記憶―』

家族だから、許せるとは限らない。
家族だからこそ、消えない傷もある。

『沈まぬ影 ―家族の記憶―』は、傷つけた側の後悔と、傷つけられた側に残る記憶、そして家族の再生を描いた物語です。


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